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【旅行】ボリビア(ウユニ塩湖)~わたしがウユニに行った理由~

ボリビア旅行記。

今回は情報というより、わたしがウユニに行きたかった理由です。

 

行きたかった理由ですが、これは単純に、圧倒的に美しいものを見てみたかったから、ということ。好奇心はまあまあ強い方だとは思うのですが、これまでに「とても感動する景色」というものを見たことがないなあと気付いた。日常でも、夕日や朝日、青い空、他にもいろいろなものを見て、綺麗だなあと思うことは普通によくあるんだけれど、なにか「これ!」という、自分が見た「素晴らしいもの」が私は自分の中にないなあと思った。

もう少し違う言い方をすれば、旅行に行って「素晴らしいもの」を見て感動したことが、ほぼないんじゃないのかな、ということ。旅行に行っていろんなものを見るのは好きだけど、それは例えば、異国の町並みや文化、現地の人を「知る」ためのものであって、私にとってこれまで旅行は「知識の獲得」「知識の補完」が主な理由だったんだと思う。これは海外だけじゃなくて、国内旅行でもそう。数年前に軍艦島に行ったんだけど、実際に見て、「わあすごい!」というより、「そこにある歴史を勉強したい」ということの方が強く思った。もともと少し興味のあることについて、その場に行って、見て、その後またそれについて掘り下げて知る、という一連のプロセスの「見る」が「旅行」だった。

旅行に行った人がよく「○○を見てきた!本当に感動した!」とか「○○は絶対見るべき!」という体験談を話しているけれど、そのように話せる体験が私にはなかったんです。別にあるから偉いとかいうわけでもないし、なくてもいいんだけど、自分もそういう体験をしてみたいなと思ったので。

 

あと、自分は景色を見て感動することが少ないんじゃないかとも思ってて。いろんなところへ行き、いろんなものを見る感動よりも、本を読んだり映画を観たりする方が心が強く動くんじゃないかと。例えば本を読んでいてものすごく自分の心に突き刺さる一行に出会えた時が、自分にとって一番興奮したり感動したりする時なんじゃないかな、って。

でもそれって、自分がその「感動するくらい素晴らしいもの」を実際に見たことがないからなのかもしれない、とも思った。よく「本や映像ではわからない。外に出て原体験を大切にしなさい」ということが言われているから、やっぱりその地に行って見て感じることをしないといけないかなあ、と思った。それで「感動」すべきなんじゃないかな、と。本や映画では味わうことのできない感動を得るために、「圧倒的に素晴らしい景色」を見る必要があるのかもしれないと思った。

 

だから、「素晴らしいもの見たい」というより、「素晴らしいもの見なければならない」という思いの方が近かったと思います。思いっきりかっこつけて書くと、「自分の感性を試したかった」。そのために「見なければならない」と思った。

 

そんなこんなで選んだのがウユニ塩湖です。他にも「圧倒的に素晴らしい」と言われている、思われている場所は多々あると思うけれど、ちょっと緒事情でウユニ塩湖にご縁があったので。あと、いろんなブログ読んでて「これまでで一番よかった」という感想が結構あったので。

 

「ウユニウユニって巷で騒がれてるけど、どんだけすごいんだ、私を感動させてみろ」という、なんとも傲慢な気持ちがありました。「私はちょっとやそっとじゃ感動しないからね」なんてね。何様なんでしょうね、私は。

 

なんやかんや書いてますが、結局行きたかった理由は「見たい」以外の何物でもない気がします。

でも、行く前にいろんな人に反対されました。治安の面で。その反対意見にまったくなびくことなく、「行かなきゃ」と思ったのは、やっぱり「きれいなものみたいな~」という感じより、「これから生きていくためにこれは私にとって必要なんだ!」という謎の使命感があったんだと思います。自意識過剰ですね。何にそんなの燃えているんでしょうね。