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【映画】『杉原千畝 スギハラチウネ』

杉原千畝の存在を知ったのは10年ほど前です。『日本のシンドラー杉原千畝物語 六千人の命のビザ』という反町隆史杉原千畝を演じたドラマを見て、心を打たれました。まだ10代だったわたしは、反町隆史というキャスティングも手伝って、多くのユダヤ人を救った杉原千畝のファンになり、わたしもこの人のように自分を犠牲にしてでも誰かのために生きられる人間になりたいと思いました。小学生の時にマザーテレサの伝記を読んだ時と同じような感覚でした。青かったわたしは、まだまだ何もわかっていなかったわたしは、世界や大人は汚いものだと信じ込み、自分の高潔さを疑う余地もなく、社会を敵にまわしても善意を貫くひとに、きっと勝手にシンパシーと憧れを抱いたのでしょう。杉原千畝には関係ないけれど、10代後半のあの自意識って、いつ思い出しても恥ずかしくなりますよね。お布団の中で思い出して足をばたばたさせちゃうやつです。

 

以前ここでも書いたように、ポーランドに行ったりイスラエルに行ったりと、ユダヤについて、第二次世界大戦について、すこし関心を持っていたので、今回の『杉原千畝 スギハラチウネ』の公開は待ち遠しいものでした。

 

観てきました。よかったです。わたしの中では久しぶりのヒット作でした。いろいろよかったので、それについて書いていこうと思います。

 

まず、「ヒューマニスト杉原千畝」を前面に押し出すストーリーではなかったこと。これまで杉原千畝というと、自分の立場を危うくしてまで多くのユダヤ人にビザを発行して命を救った素晴らしき善意の人、みたいなイメージを持たれていたと思うんです。前述した反町隆史のドラマも、割とそんな感じのを押し出していたように感じました。だからどうしても、杉原千畝を語るとき、「ね、こんなすごい人もいるんだよ、戦争中でも素晴らしい日本人もいたんだよ、感動するよね」という感じになりがちだと思うんです。でも今回のこの映画は、もちろんそういう要素がまったくなかったわけではないのですが、淡々と杉原千畝とその時代の背景を描き、感じ方受け取り方を観る側に委ねている部分が多かったのではないでしょうか。観ている最中何度も何度も泣いて、エンドロールが終わってやっと落ち着いた、というわたしですが、「感動作」というわけではないんですよね。だから、「泣ける映画」とは、わたしは言いたくないです。

映画を観る前に、白石仁章著『杉原千畝 情報に賭けた外交官』を読みました。映画の参考資料となった本で、ヒューマニストとして知られる杉原千畝の、優秀なインテリジェンス・オフィサー(諜報活動を行う人)としての側面にも焦点を当ててみようという試みから書かれたものです。10年前のわたしに読ませてあげたいですね。この本を読むと、ビザを発行した杉原千畝は本当に彼の一部でしかなく(もちろんその功績は大きいものです)、むしろインテリジェンス・オフィサーとしての活動のが彼の本質のように思えてきました。

 

次に、主人公杉原千畝だけでなく、その他の人物も丁寧に描かれていたこと。登場人物はやや多く、それぞれのシーンは長くないんですよ。時間や演出の関係で単純化されていたことは否めないのですが、それでも登場人物それぞれの立場、そして心情を軽んじていなかったと感じました。多くの人物を登場させ、その境遇などをできる限り表現することで、ストーリーに奥行を与え、そして客観性を高めることができていたと思います。こういう脇役の描かれ方って日本の映画には珍しいなと思ったら、スタッフの多くは外国の方なんですよね。監督も米国映画に明るい(というかそっちがメイン)方で。

ずれますが、それぞれのキャラクターが魅力的なんですよ。演者さんたちの力もあるんでしょうね。特に海外勢のキャストはとてもとても。あと塚本高史がかっこよかった。

 

衣装。これもよかった。特に小雪演じる幸子夫人の衣装。外交官夫人なので社交場のシーンが多くあるのですが、そのときどきの衣装が素敵でした。着物(それも振袖)の色使いも鮮やかで、洋服も華やかなものが多く、衣装だけでもわくわくしました。

 

また、映画の本質ではないのですが、終戦の知らせが杉原に届く場面が印象的でした。幸子夫人が「戦争は終わったの?」と聞くと、杉原は「いや、負けたんだ」と言います。わたしたちは「終戦」という言葉をよく使うので戦争が「終わった」という意識が強いのかもしれませんが、「ああそっか、負けたんだった、日本は」となんだか改めて感じてしまいました。

 

他にも細かいよかったところはたくさんあるのですが、主にはこんなところでしょうか。とても興味深く観られた映画でした。撮影はすべてポーランドで行われたようです。

 

はじめに書いたように、10代のわたしは杉原千畝人道主義者とみて、そこに感動を覚えたのですが、今はすこし違います。杉原千畝は、とても優秀な外交官だった。インテリジェンス・オフィサーだった。何か国語も話すことができ、広い分野の知識を持ち、情報を収集・分析し先を見越す能力に長けていた。そういう杉原千畝だからこそ、彼が注目されることとなった「ビザの発給」を行うことができた。わたしはそのような彼の「力」を、今は尊敬すべきところだと思っています。あの有名なオスカー・シンドラーだって、ただのヒューマニズムだけではユダヤ人を救えなかった。崇高な意識はもちろん人として素晴らしく、誰が持っていても否定されるべきものではないと思っています。でも、もしその意識を実際に役立てたいのならば、それを行動にできるだけの何かが必要なのでしょう。お金や、地位や、特別な能力や、そういうものが。

 

 

映画の中で何度も出てきた言葉があります。最後もその言葉で締めくくられます。

今でも世界を変えたいと思っているよ。

 

 

おすすめの映画です。よかったら見にいってください。

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